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ぱりと父母の場合

この日だけは、ぱりは普段と違いちょっと変だった。
朝いきなり思い付き、仕事を休んで午後に気仙沼に買い物に行く事を決意。
当初、母と買い物に行く予定だったが、ひとりで気仙沼へ向かった。

はっきり言って何がぱりをそういう行動にさせたかは分からない。
ぱり本人も何故買い物に行こうとしたのかは分からないそうで、おばあちゃんが守ってくれたんだろうと話す。

ぱりは気仙沼で買い物中に地震発生。
そこから自宅までは30分弱かかる。
すぐに車に乗り込み自宅までぶっ飛ばして帰ってきた。

幸い津波はまだだった。
自宅前には父の車は無く、逃げたんだろうなと思いつつ、家からやまちょこが添い寝に使うライオンの抱き枕だけ持って、ご丁寧にカギかけて公民館に向かった。

普通、家から持ってくるなら、通帳とか現金だろうが、抱き枕を持ってくるあたりがぱりマジックである。

公民館に着くと父母は車に乗って避難していた。
しかし津波が川の堤防を越えたと知ると、車で山道を駆け上がった。
車のボディーをガリガリこすりながら登り、隣町の避難所へ転がり込んで一命をとりとめた。

しかし、出遅れた父母の車が波にさらわれていた。
ここでラッキーにラッキーが重なる。
父母の車は浮かびながら近くの杉林に引っかかっていた。
さらに浸水した為かクラクションが鳴りっぱなしになり30分位浮いていた。
そこに、誰かいるのか?とクラクションに気づいた消防団員達に助け出されたのだ。
これは地元新聞にも取り上げられ記事になった。
これを読んだ親戚が安否を確認できるというオマケ付き。
でも、生きた心地しなかったと思います。
避難所では消防署からの防災無線放送が緊迫感のある「にげろー」の後、津波で切れてしまった事で、消防署員はみんな死んでしまったと思われていて、旦那の話になるとぱりは泣きながら話をしていたそうだ。

その後、我々の結婚式に来てもらった一関市の消防職員がぱり達の避難所にやってきた。
彼はガタイがよく顔もデカイ。
ぱりはそのデカイ顔を覚えていて(失礼)声を掛けたところ、ancyが無事で仕事してると知ったらしい。
その後何日かして、ぱりは避難所をでると災害対策本部に入り、ひげぼうぼうのancyと再会する事となる。
さすがに泣けました。


次回はここたん、やまちょこの保育所チームの話です。
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さらっっと・・・

いつもの口調でさらっと書いてるけど
メチャメチャ怖いぞ・・・・
今も大変だと思うけど書きたい事を書いて
伝えて下さい。
私たちはそれを読んでancy&ぱりとつながればと思う。

俺は今回の震災で少しの被害だけの地域にいた
それでも仕事で津波被害でお客が困っており同僚が不安がり
責任ある立場なので苦しかった。
「苦しいときの友が本当の友」という言葉を
何度思い出したか分からない。
幸せな事に良い仲間が沢山いてくれた。
それでも悲しい事も多くあった。
人生で一番苦しい一週間だった。
正直こんな経験は二度としたくない。
ただ唯一プラスに向いた事は腹が据わったことだ。
ただ二度と経験はしたくない。

No title

おじいちゃん、おばあちゃん、本当に九死に一生を得たんだね。
助かってよかった!!!
奇跡っておこるんだね、こんなひどい被害にあっても、家族全員が
なんとか無事でいられることってあるんだね。
きっとご先祖様が救ってくれたんだと思う。

ぱりちゃんもその日、勤務してなくてよかった!!!
親戚やお友達、たっくさん被害にあわれたと思う~手放しでは喜べないけれど、まずは家族が無事で本当によかったね。

わたしも家族、大切にしなくちゃ。
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